映画「神様の思し召し」2015年

2015年公開のイタリアの映画です。優秀で、傲慢な心臓血管外科のトンマーゾ教授は、妻には無関心で、娘には上から目線、娘の夫にも高圧的。でも医師を目指す息子アンドレアだけは自分の心の支えでした。そんなときに、アンドレアが神父になると言いだします。

父と子の関係 → 神父との友情

トンマーゾは外見は平静を装いながらも、息子がなぜ神父になりたがったのかを調査します。すると胡散臭いピエトロ神父がアンドレアに大きく影響していることを知ります。ピエトロ神父の裏側を暴こうとトンマーゾが近づきますが、徐々に2人の間には奇妙な展開の友情が芽生えます。

神父の導きにより、考え方を変えたトンマーゾは周囲との関係が少しずつ改善します。一方で、息子アンドレアは神父になるのは少し違いと思い始めます。ときにユーモア(これが結構笑えます)を交えながら、あっという間にエンディングに。神父は交通事故に会います。普通の映画ならば、せっかく育まれた”友情”が交通事故で終焉を迎え、人生を大切に生きようという内容になりそうですが、この映画は異なります。

神様の思し召し

神父が交通事故後の救命のための脳外科手術を受けている間に、トンマーゾは、神父が残した教会の修繕をもくもくとこなします。神父の手術は成功するには奇跡が必要なくらい困難と説明されていました。トンマーゾは神父との思い出の場所である丘に来ていました。神父から聞いたようにただただ景色を眺めていると、神の存在を知らせるかのごとく、洋梨の実がぽとりと落ちるのでした。神父の手術がうまく行ったかどうかは見る人の信じる心次第のようです。

感想と薀蓄(うんちく)

キリスト教が日常生活に溶け込んでいることがよくわかります。予想はしていましたがイタリア人は明るい、映画もとても楽しい気分になれます。いくつかのユーモアが笑えました。ユーモアの中に、夫婦、親子、友情の大切さが主題として流れています。見たあとに”人生捨てたもんじゃない”と実感できる映画でした。

他人を疑うことから始まるこの映画は、人間のどろどろした部分を描くことを予測させます。しかしながら、後半は他人と神様を信じれば幸せになれることを示しています。現代社会では生きぬくためには他人を信用しないという考え方もありますが、他人を信じて協調しながら生活するという姿勢も重要と(少しですが)、考え方を改めました。

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