映画「亜人」2017年

桜井画門のマンガ「亜人」を、実写映画化したものです。2017年、東京。研修医の永井圭は、交通事故で死亡した直後に生き返ったのをきっかけに、絶対に死なない新人類「亜人」であることが発覚します。亜人研究施設に監禁されて非人道的な実験のモルモットにされた圭は、同じく亜人の男・佐藤によって救われますが、佐藤は国家転覆を狙い大量虐殺を繰り返します。同じ亜人として佐藤の思想に共感できない圭は、亜人と人類との戦いに身を投じていきます。

奇抜な設定

死んでも必ず復活する、死ぬ時の痛みは感じる、バラバラになって死んだ際は一番大きな破片を元に復活する・・・。設定が奇抜で非常に面白いです。この設定を考えついた時点で桜井画門さんはヒットすることは間違いないと感じたのではないでしょうか。この手の興味深い設定はマンガが原作のことが多く、日本の文化はマンガに牽引してもらっている部分が多いことを感じます。

死亡交通事故から復活

病気の妹を救うために医師となった永井圭は、ある日交通事故に巻き込まれます。しかしその直後に復活します。彼は日本で三番目の亜人とし保護という名目で厚生労働省の秘密機関に収容され非人道的な人体実験のモルモットにされます。指揮を取るのは厚生労働省の戸崎。そんな圭の収容される組織に、佐藤と名乗る男が襲撃してきます。彼こそ日本人最初の亜人であり、かつて20年以上の長きにわたって想像を絶する人体実験を受け続けた男でした。

佐藤の傍らには同じく日本人の亜人佐藤に救われ、人間へ激しい敵意を抱いている田中がいました。佐藤は圭に対して共闘を提案しますが、圭にはそれを断り一人施設から逃亡します。圭の取り込みには失敗したものの佐藤は人間への事実上の宣戦布告をします。佐藤の周りには組織に確認されていない亜人が何人かいました。亜人対策の中心である厚生労働省に大掛かりな爆破テロを仕掛け、人間を圧倒する佐藤に対して戸崎らは後手に回ります。

佐藤の度重なるテロ行為を目にした圭は戸崎に共闘を提案します。佐藤の次なる標的は自身への人体実験をもとに生物兵器を作り出したグラント製薬です。圭と戸崎は佐藤・田中らの襲撃にそなえグラント製薬本社で待ち構えます。最終決戦。圭も佐藤も自身が亜人であることをフルに生かした作戦を考えます。

佐藤と圭の戦いのシーン

チップで裁断すると

佐藤は田中に自分の手を預けておき、田中達が麻酔により眠った状態に無力化された時点で、自分をチップのように細かく切断し、預けておいた手で復活してグラント製薬内への潜入に成功します。圭の片腕を切り落とし(死なない程度に無力化し)じわじわと圭を追い詰める佐藤。

圭には時間稼ぎともいえるこの戦いに狙いがありました。屋上のヘリポートで二人が対峙した瞬間、ヘリポートの屋根が開くと対亜人特選群(対亜)が現れます。圭は対亜に自分ごと佐藤を瞬間的に液体窒素で凍結させたのちに炸裂弾の一斉掃射を受け粉々になります。

その後、対亜はその欠片を一つ残らず回収する。佐藤と共に圭もまた消え去ってしまったかと思わましたが、ヘリポートの片隅に佐藤に切り落とされた圭の片腕がありました。圭は佐藤がやったことと同様に片腕のもとに復活を果たします。

感想とうんちく ~動物実験の是非~

何度殺しても復活するという亜人の特性を生かして、亜人・人体実験を繰り返すグランド製薬の社長が、いかにも悪役という発言を繰り返すので、善と悪がわかりやすい構造になっています。しかしながら、この社長が「新薬の開発には亜人が必要(動物実験よりも有意義がデータが得られる)で、亜人は死なないから倫理的にも問題ない、新型殺人ウイルスワクチンの早期開発には亜人実験が必須」などと人類のために善人のような発言していたのなら、状況はもっとカオスになっていたかもしれません。

医薬品の開発には、現在でももちろんマウス、ラット、ウサギ、更にはサルなど、多くの動物が、ヒトの健康という大義のために死んでいます。実際にその恩恵を多くのヒトが授かっています。サルがもう少し知能が発達して、数が増え、立場が逆転したのならば、ヒトがサルの健康のために命を犠牲にする日が来るかもしれません。亜猿の娯楽映画ができるかも・・・。

設定の面白さは抜群であると感じるとともに、人間とは罪深い生物だと感じさせる映画でした。