映画「アリスのままで」2014年

リサ・ジェノヴァの同名小説を原作としている映画です。この映画で、主演のジュリアン・ムーア(Julianne Moore)が認知症で記憶と自分を失っていく主人公を演じ、女優史上初となる、アカデミー賞ほか世界主要6大映画賞の主演女優賞制覇を成し遂げました。言語学者のアリス・ハウランドは、医師である夫ジョンと3人の子どもと充実した人生を送っていました。しかし、ある時からアリスには、単語が出てこなくなる、道に迷うなどの症状が始まりました。若年性アルツハイマー病と診断されます。

高名な言語学者アリス

アリスはコロンビア大学に勤める高名な言語学者で、50歳です。夫ジョンと、アナ・トム・リディアの3人の子供にも恵まれ、公私共に順風満帆な生活を送っていました。しかし、ある日講演で「語彙」と言う言葉を度忘れしてしまったのを境に、物忘れの傾向が散見されるようになりました。アリスは脳神経内科を受診、記憶テスト、PET検査などにより遺伝性アルツハイマー病と診断されます。子供達にも遺伝している可能性があると聞き、アリスは子供達にも病気を打ち明けます。遺伝子検査の結果、アナはアルツハイマー病の遺伝子あり、トムはなし、リディアは遺伝子検査自体を希望しませんでした。

アリスの病状はだんだん悪化します。アリスとジョンは夏季休暇を海辺の別荘で過ごします。アリスは数分前の会話も忘れてしまうようになっていました。トイレの場所がわからずショックを受けるアリスを、ジョンは優しく慰めます。しかし一方で、ジョンは仕事により打ち込むことにより、知らず知らずに現実逃避します。リディアがニューヨークで舞台に出るため実家に滞在しますが、アリスとは以前と変わらずに、いろいろな面で意見が一致せずに口論になります。

アリスとリディアはいつも口論になります。

認知症と戦う

アリスは同じような病気に苦しむ人々の前で講演をする事になります。当初は学問的なことを述べる予定でしたが、リディアのアドバイスに基づき、自分の素直な気持ちを発表します。「私はまだ生きている。自分は苦しんでいるのではなく、闘っているのだ」とスピーチし、聴衆を感動させました。

ジョンに転機が訪れます。メイヨー病院で研究チームを率いて働かないかとのオファーが来ました。ジョンは喜びますが、アリスは極度の不安を覚えます。ジョンはアリスを置いてミネソタに移る事にします。代わりに、母の介護をしようとリディアがニューヨークの実家に戻ってきます。ジョンは、自分が現実逃避をして、リディアに介護を押し付ける形になったことに気づきます。何度もリディアに「これでいいのか」と確かめます。そして、ジョンがリディアに言います “You’re a better man than I am” と言葉をかけます。字幕は「君は僕より いい人間だ」とありますが、”man”を使っているので、自分は夫としてダメな人間だという強い後悔を含みます。

母娘の心の絆

ある日、リディアはアリスに話を読み聞かせています。しかしアリスは話の内容を理解していないかのように、ただ曖昧に微笑むだけ。リディアが今の話が何についての話だったか尋ねると、アリスはポツリと「愛についての話」だと答えました。リディアも驚きましたが、アリスは話を聞いていました。内容は忘れても、心では理解していました。

感想と蘊蓄

感動の名場面が複数あります。よくできた映画でも、感動の名場面は1つ、多くても2つのみです。この映画は複数あります。1つ目は、記憶を失っていく自分を取り繕うために必死な、そして時に葛藤のアリスの演技です。この葛藤の演技こそが名演技そのものです。2つ目は、「アルツハイマー病と戦う」とした講演のスピーチ場面です。意見の不一致が絶えないリディアの意見を直前に取り入れて、自分の気持ちをメインに据えたスピーチに変更したことが観る人々に感動を与えます。3つ目は、上記の父と娘の本気の会話、4つ目は、母と娘のendingの心の絆のシーンです。見どころ満載です。

この映画は、とてもリアリティがあります。原作は医師ではないものの神経科学の専門家であるリサ・ジェノヴァが2007年に書いた小説です。他にも自閉症やハンチントン病の小説も書いています。原作は読んでいませんが、原作の時からリアルな描写だったのかと想像します。

監督のリチャード・グラツァーは企画があがった当時、筋萎縮性側索硬化症を悪化させており、いろいろな人々のサポートを得て完成させたとあります。2015年3月に63歳で死去しました。アルツハイマー病は記憶を失う病気ですが、筋萎縮性側索硬化症は全身の筋力を失う病気です。時間とともに失われていく自分の機能にどう向き合うかというテーマは同じなのかもしれません。監督の心の中を察すると切なくなりますが、この切なさがこの名映画を作り出したのかもしれません。