不運を「因果関係の考察」で幸運に変える

自分の身に、納得のいかない不運・不幸が降りかかったとき、神様・仏様を恨んだりすることがあります。もちろん、自分の過去の行動とは関係ないときもありますが、関係あるときもあります。神様・仏様を恨む前に少しだけ自らを省みて、自分の成長の糧にできるかを検討・考察することは有意義なのかもしれません。

病気との関係

ヘビースモーカーの人が肺癌になったり、宴会に参加した人がコロナウイルスに感染したりということは、もちろんいろいろな要素があるとしても原因が日ごろの行いに関連するように思います。厳密には”因果関係”ではなく、”相関関係”があると定義されるようですが、ここでは関係・関連があるとのみ記載します。一部の疾患は遺伝性であり、これは因果関係といえるのかもしれません。ただ、誘因もなく、なんの因果も想定されていない疾患も多数あります。

辛い病気にかかったときに、神様はこの病気で自分にどんなメッセージをしたかったのかと考えることもありますが、これは後付けの要素が強いです。現在の医学ではいろいろな病気で、その病気の危険因子が特定されており、その危険因子を避けることで病気に罹患する確率を減らすことが可能となっています。医学の発展は、因果関係を推測する姿勢に大きく寄与していることは間違いありません。

自分が病気にならないように、可能な範囲で生活を改めることはとても意義があります。こう書きながらも、なかなか飲酒量が減らない自分が存在しますが・・・。

中村哲さんの言葉

中村哲さん(ペシャワール会)は、日本の医師で、その半生を南アジアのパキスタンやアフガニスタンの復興に捧げ、「100の診療所よりも1本の用水路」の思いのもと、独学で土木技術を学び、井戸や用水路を建設しました。2019年アフガニスタンで活動中、車に乗っていたところ武装集団に銃撃され、病院に搬送されるも、その最中に亡くなってしまいます。

中村さんの功績はとても大きく、これらの国の人々にとても感謝されています。しかしながら、地道な活動の最中には、現地の住民から石を投げられたり、車にいたずらをされたりしたことがあったそうです。ボランティア活動中の不運ですから、心が折れてしまいそうです。しかし中村さんは徹底して、なぜ現地の住民がそのような行動をとったのかを追求し、自分の行動を改めたそうです。

このような砂漠に水路を作るのは大変です(写真はUAEの砂漠)

自分に降りかかった不運をただの不運とはとらえずに、全体を発展させていく礎に変換させていく姿勢に感銘を受けました。

キケロの格言

古代共和政ローマの政治家で弁論家でもあったキケロは多くの格言を残しています。BC106年に、イタリアのアルピーノに生まれました。ギリシアから亡命してきた新アカデメイア派のピロンから穏健な懐疑主義を学びました。カエサル暗殺(BC44年)後にカエサルの後継者に座ろうとするマルクス・アントニウスに対抗するため、数次にわたるアントニウス弾劾演説を行います。しかしながら、アントニウスは実権を握る立場になります。紀元前43年12月7日、アントニウスの放った刺客によりキケロは暗殺されました。

日本経済新聞「春秋」にキケロの格言が紹介されていました。安部前総理大臣の「桜を見る会」の騒動について、最終的な結果よりはなぜそのような騒動が起きたかの因果関係が重要と述べています。

2020年12月23日の日本経済新聞「春秋」

その中で、キケロの格言「事故の原因は、事故そのものよりも興味深い」を引用しています。政治の世界は、一つ一つの出来事に善悪をつけるのは難しいことは重々承知していますが、なぜこのような事件が生じたのかを考察することによって類似の事件が起きにくいシステムを作ることができるのかもしれない、と述べたいようです。

自分に降りかかった不運・不幸に対して、精神的な安定のために嘆くことは必要です。しかしながら嘆くだけでは将来の発展にはつながりません。不運・不幸の因果関係を深く考察することによって、得られるものがあるかもしれません。冷静に物事を観察する姿勢を貫きたいと感じた今日この頃です。