飲茶の「最強!」のニーチェ

ニーチェのフルネームは、フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ(Friedrich Wilhelm Nietzsche)で、 1844年にドイツで生まれ、1900年に永眠しました。ドイツ連邦・プロイセン王国出身の哲学者、古典文献学者です。古典文献学者フリードリヒ・ヴィルヘルム・リッチュルに才能を見出され、スイスのバーゼル大学古典文献学教授となり、プロイセン国籍を離脱して、その後は無国籍者となりました。

「ツァラトゥストラはこう言った」挫折・・・

ニーチェを読んだというと、なんとなく格好良いように感じます。格好はともかくこれほど有名な人の著書を、一冊も読まずに人生を過ごすのはなんだか違うような気がして、岩波文庫の「ツァラトゥストラはこう言った」(上・下 ニーチェ著、氷上英廣訳)を購入しました。読み始めると、文章が読みにくい文章ではないです。しかしながら、内容に馴染みがないためか、なかなか内容が頭の中に入ってきません。

結局、上巻の半分にも到達しない段階で挫折しました。もっと入門者用の書物からと、アマゾンからオーダーしたのが、「飲茶の 最強!のニーチェ」(飲茶、水王舎、2017年、1300円)です。対話形式で内容が説明されるので、素人にも理解しやすいです。

「最強!のニーチェ」は理解しやすい!

「最強!のニーチェ」では、各論に入る前に、ニーチェの書物の内容にはいくつもの解釈があり、著者の解釈はその一つです、と丁寧に自分の書籍の位置づけを説明してくれます。聖書のような位置づけを目指したとの記載もあり、聖書同様にいろいろな解釈ができるように構成したのかもしれません。

初めに、哲学の大まかな分類に、白哲学と黒哲学があると説明があります。前者は物事の本質について考える学問で実物がありませんが、後者は現実に存在することについて考える学問で実物があります。哲学の概念を理解したのち、本論です。

・・・下記の「ニーチェの考え方」は、著者の飲茶さんが記載している内容に、私が個人的に解釈した内容を含みます。従いまして「最強!のニーチェ」の著者・飲茶さんが意図した内容とは微妙にずれがあることをご了承ください。・・・

ニーチェの考え方

ニーチェはまず、宗教の存在について考えます。宗教発祥の起源は、民族間の争いの中で奴隷となった人々が生きている間の心の支えを持てるように「ありもしない架空の価値観」を作る過程で生まれたものと説明されます。現世で悪いことをしなければ、来世で天国に行けるというような思想です。辛い現世からは逃避して、将来もしくは来世に生きる意味を見出そうとします。

更にかみ砕くと、道徳や宗教は奴隷にされた弱い民族が支配民族に対する嫉妬(ルサマンチン)が起源で、奴隷道徳は「嫌なことに文句を言わず受け入れる人が善い」とする不自然な価値観のことです。現代社会では、この不自然な価値観のために心の制限を受けることが多いと指摘します。

そこで登場するのがニーチェの有名な言葉「神は死んだ」です。まず、頭の中を一回リセットしましょう!、と言われているようです。人間は現実の存在なので、生まれながらの「生きる意味」は持っていません。昆虫や動物にも、生まれながらの「生きる意味」がないことと同じです。だから神・宗教という存在自体は、人類が生み出した存在で、まさに「架空の価値観」そのものと断定します。

そうなると、多くの人間はすべてに意味がないと考えてしまい虚無主義(無気力主義、ニヒリズム)に陥ります。そして「生の高揚(充実感)」を失います。

生の高揚を失うと、ただただ忙しく働いて暇を潰すだけの人間(末人)となり、この末人が将来増加するであろうとニーチェは予測しました。実際にニーチェ没後100年以上の現代にて、末人は増加しているように私には感じられます(証拠となる統計はありませんが・・・)。

「末人」となってしまうことを回避するには、「未来に目指すべき何かがある」という西洋的(キリスト教的)な思考法はいつか破綻する日が来ます。だから、現実の「今、この瞬間」を肯定して充実して生きていくことを目指します。この瞬間を充実させて生きることができる人を「超人」と呼び、そうなることを強く推奨しています。

さらに個人的な解釈

ニーチェの重要な思考の一つに「永劫回帰(えいごうかいき)」という考え方があります。これは宇宙全体が結局は永遠に同じことを繰り返すという解釈です。私は、自分という個人が一人いても、いなくても、宇宙は同じように回り続けると言っているように解釈しました。いずれにせよ、「最強最悪のニヒリズムの世界」であることには間違いないようです。

「将来の何かのために」「ある価値観における善行のために」ということ(目標)には、実はあまり意味はないという解釈は、実際に眼から鱗が落ちたような気分になりました。(周囲の人の、その人なりの価値観を邪魔しなければ)自分が充実できるもの・行動を見出して、それを楽しむことが本当に生きていることになる(超人になる)という解釈は、私にとっては新鮮で、ぶれない価値観の一つと考えました。

「神様による価値観・目的づけを失った人間の存在は、その意味を何によって見出すべきか」という(自分で作成した)超難題に、なんとか答えようとするところが偉大なる所以と思いました。

時間に余裕ができたら、再度、岩波文庫の「ツァラトゥストラはこう言った」に挑戦してみたいと思っています。